大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和59年(ワ)7453号 判決 1987年3月25日

原告

甲山花子

右訴訟代理人弁護士

中村雅人

中村順子

被告

乙野一男

被告

丙川月代

被告ら訴訟代理人弁護士

是恒達見

斉藤実

主文

一  被告らは原告に対し、各自金二〇〇万円とこれに対する昭和五九年七月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告ら、その九を原告の各自負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一〇〇〇万円とこれに対する昭和五九年七月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四三年五月頃被告乙野一男(以下、一男という)と知り合い、昭和四四年九月から婚姻を前提に同居して内縁関係に入つた。

当時、被告一男は原告に対し、独身である旨告げていたので原告もこれを信じ、被告一男に妻子があることは全く知らなかつたが、その後昭和四七年頃ふとしたことから被告一男が婚姻していることを知つた。しかし、被告一男は妻とは事実上離婚状態であり原告との婚姻を望んでいたので、右内縁関係を継続した。

2  昭和五〇年九月一二日、原告は被告一男の子を死産したが、昭和五二年二月一八日にA女、昭和五三年二月一〇日にB女、昭和五四年九月一四日にC男の三子をもうけ、被告一男は三子とも認知し、内縁関係は円満に継続されてきた。

3  昭和五七年一〇月末頃、被告一男が被告丙川月代(以下、月代という)と肉体関係を持つていることが判明した。原告と被告一男との間で被告月代と関係を断つよう何度も話し合いを持つたが、被告一男はこれに応じず話し合いは平行線を辿つた。

4  昭和五八年一月中旬頃、被告一男は原告に対し本妻とは離婚し、被告月代との関係も清算する旨約束した。しかし、同年二月頃、被告一男が前年の一二月から市川市内に部屋を借りて被告月代と夫婦として入居していることが明らかになり、その後三月下旬頃には被告らは住所をくらまし、ここに至つて被告一男は原告との内縁関係を一方的に破棄してしまつた。

5  被告月代は、遅くとも昭和五七年一〇月末には、被告一男に原告という内縁の妻があり、子供もあることを知りながら、あえて積極的に被告一男との情交関係を継続し、原告と被告一男の内縁関係を破綻せしめたものであり、共同不法行為として被告一男とともに原告の苦痛を慰藉すべき義務がある。

6  原告は被告らの前記行為により多大の精神的苦痛を被つた。原告の右苦痛は金一〇〇〇万円をもつて慰藉するのが相当である。よつて、原告は被告らに対し各自慰藉料金一〇〇〇万円とこれに対する不法行為後である昭和五九年七月一四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、被告一男に法律上婚姻した妻及び子があること、原告と被告一男が昭和四三年五月頃知り合つたことは認め、その余の事実は否認する。

2  同2の事実中、子の出生、被告一男の認知は認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実中、昭和五七年一〇月末頃、被告らの関係が原告に知れたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4の事実中、被告らが昭和五七年一二月から市川市内に部屋を借り入居したこと、昭和五八年三月初旬頃、被告らの住所を変えたことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同5の事実は否認し、その主張は争う。

三  被告らの主張

1  被告一男と原告の関係は断続的な情交関係の継続にすぎず、内縁関係ではない。

被告一男と原告の同居生活は昭和五四年二月から昭和五六年一〇月六日までであり、右同居生活の解消も原告が同居を拒み、同年一〇月七日、一方的に原告の現在の都営住宅にその子らとともに転居してしまつたことによるもので、右段階で原告と被告一男の関係は解消されたものである。

2  仮に原告と被告一男の関係が内縁関係であつたとしても、右は重婚的内縁関係であり、原告は被告一男に法律上の妻子があることを熟知していたから法の保護を受けるものではない。

しかも、原告は被告一男の法律上の妻である訴外乙野春美を暴力的行為をもつて追い出し、そのすぐあとに被告一男と強引に同居し始めたものであるから、その不法な内縁関係は原告自ら作出したものというべく、右関係が破壊されてもその損害賠償を求めることは許されない。

3  被告一男が被告月代と関係を生じたのは、右原告と被告一男の関係を原告が一方的に解消してから一年近くも経過した昭和五七年七月頃からである。

仮に被告月代が被告一男と原告の内縁関係を知りながら被告一男と同棲するに至つたものであつても、原告と被告一男の内縁関係は前記のとおり保護するに値しないものであるから、被告月代が原告に対して不法行為責任を負ういわれはない。

4  仮に被告一男に慰藉料の支払義務があるとしても、被告一男は既にその所有する土地建物の二分の一の持分権(価格約七五〇万円相当)を原告に贈与している。右は財産分与の性格をもつと同時に慰藉料の性格もあわせもつているというべきである。

更に、原告は右建物を第三者に賃貸し、現在までに少なくとも金三二四万五〇〇〇円の賃料を取得している。その半額は被告一男の取得すべきものである。よつて、被告一男は、昭和六二年一月一九日の本件口頭弁論期日において、右原告に対する不当利得返還債権をもつて、原告の本訴慰藉料債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告主張1の事実は否認する。

2  同2の事実は否認し、その主張は争う。

3  同3の事実は否認し、その主張は争う。

4  同4の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因事実中、原告と被告一男は、昭和五三年五月頃知り合つたこと、原・被告間に三子が生れ、いずれも被告一男が認知したこと、昭和五七年一〇月末頃、原告に被告らの関係が知れたことはいずれも当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、<証拠>のうち、右認定に反する部分は、いずれも採用し難い。

1  被告一男は、昭和四四年九月に、豊島区駒込にアパートを賃借し、原告が乙野姓を名乗つて、居住するようになつた。

2  被告一男は、そのころ、千葉県松戸市内の官舎に妻及び二子と居住していたが、月のうち何日かは右アパートに宿泊して、そこから出勤していた。

3  原告は、被告一男が婚姻していることを知つていたが、被告一男から妻とは離婚することになつている旨の説明を受けたため、そのままそれを信じて、被告一男との従来の生活を続けた。

4  被告一男は、昭和四八年五月頃、北区西ヶ原にアパートを賃借し、原告が同所に転居し、被告一男も少なくとも月に何日かは宿泊した。

5  昭和五一年頃から原告は被告一男の妻に対して、数々の嫌がらせとも受取れる言動を繰り返し、そのため、昭和五四年二月、被告一男の妻は、被告一男と別居して郷里の福岡市に帰り、その後間もなく、原告と被告一男は、松戸市の被告一男方住居で同棲するようになつた。

6  原告は、将来被告一男が妻と離婚すれば、財産分与、慰藉料及び二人の子の養育費等の支出が予想され、また、被告一男の定年も近いので、家賃の安い都営住宅の方がよいと考えて、昭和五〇年頃から都営住宅の入居のための抽選に応募していた。

7  原告は、昭和五五年一一月五日、都営住宅入居の抽選に当選したが、更に入居資格審査に合格する必要があつた。

8  被告一男は、昭和五六年四月一日に通商産業省を退職し、同年九月三〇日までに官舎を明け渡さなければならない予定であつたが、まだ、原告が都営住宅の入居資格審査に合格しておらず、どうしても住居を探さなければならない必要が生じ、そのため、原告と被告一男は、同年三月頃から、原告、被告一男及び三人の子が一緒に住める家を探していたところ、たまたま、原告の義兄が代表取締役をしている○○工務店から千葉県船橋市内に建売住宅が売り出されていたのでこれを買うことになつた。

なお、原告と被告一男は、右不動産の登記名義について話し合い、昭和五六年八月、被告一男は、右不動産の二分の一の共有持分権を原告に贈与した。

現在、右不動産の銀行ローンの支払いを被告一男において返済しておらず、競売の通知がきていて、早晩第三者が落札することが予想される。

9  原告は、昭和五六年七月、都営住宅入居資格審査にあたり、被告一男と同居しない旨記載した誓約書を書いて提出したが、これは抽選に当選するための便法として母子世帯として応募していたことからしたもので、真にそのような意思を有していたものではなかつた。

10  原告は、同年八月、都営住宅の入居資格を取得したが、原告と被告一男は、被告一男が将来妻と離婚したときのことを考えて、都営住宅も確保しておくことを相談した。

11  原告、被告一男及び三人の子は、昭和五六年一〇月一日、前記船橋市の建物に引越し、原告は、同月七日、葛飾区の都営住宅住所に住民登録を移した。

12  原告は、同月中旬頃から、都営住宅に荷物を移し始め、同年一一月末日頃に引越が完了した。被告一男も、都営住宅にある程度の荷物を運び込み、原告、被告一男及び三人の子は、しばらくの間、右船橋の家に泊まつたり、都営住宅に泊まつたりする生活を送つていた。

13  被告一男と被告月代は、昭和五七年七月頃、当時被告月代が経営していた飲食店に被告一男が客として出入りしたことから知り合い、同年九月頃から情交関係を持つようになつた。

14  同年一〇月末頃、原告が船橋の家に行つた際、同所に被告らが一緒にいたことから原告に被告らの関係が判明し、以後、被告らと原告の間で紛糾が続くことになつた。

その後、原告と被告一男との間で、被告一男が被告月代との関係を断つよう話し合いが持たれたが、被告らはこれに応じず、同年一一月頃からは被告らは同棲するに至り、昭和五八年三月には被告月代が原告を告訴したり、被告一男から婚姻外関係解消の調停が申立てられたりし、原告と被告一男の内縁関係は決定的に破綻するに至つた。

二右認定事実によれば、原告と被告一男は、昭和四四年九月頃から内縁関係にあつたものということができ、右内縁関係は、被告らが情交関係を持つに至つたことから破綻したものということができる。被告らは、被告一男と原告との関係は単に断続的な情交関係の継続で、いわば私通関係にすぎない旨主張するが、前記認定事実に照らし、また、本件全資料に徴してもこれを認めるに足りないから右主張は採用できない。

また、被告らは、被告一男には前認定の如く法律上の妻があり、原告もこれを知つていたのであるから、被告一男と原告の内縁関係は、重婚的内縁関係であつて法の保護しないものである旨主張するが、被告一男は当初から原告に対し、妻とは離婚することになつている旨説明し、原告もその言を信じて関係を継続していたものであること、その後も両者は、互いに被告一男とその妻が離婚した場合のことを考えて行動していること、被告一男は、その妻と別居して後も原告らと一緒に住むべき住宅を探し、これを購入していること、被告月代との関係が判明するまで、両者の関係は従前どおり営まれていたことはいずれも前記認定のとおりであるから、かかる事情のもとにおける被告一男と原告の内縁関係は、少なくとも原告と被告一男間、対第三者間においてはこれを法律上有効なものと認めるのが相当である。したがつて、被告らの右主張も採用できない。そうだとすると、本件被告一男と原告との内縁関係につき、その当事者である被告一男は勿論、第三者も右内縁関係に不当な干渉をすること許されないものといわなければならない。

次に、被告らは、原告は被告一男の妻を暴力的行為をもつて追い出して被告一男と強引に同棲したもので、不法な内縁関係は原告が自ら作り出したものと主張するところ、原告らの内縁関係は既にそれ以前から成立していたものであること、たとえ、被告一男の妻に対して原告に多少の行過ぎがあつたとしても被告一男にもその責任の一半があるものというべく、一人原告のみにその責任を負わせるべきでないことなどに照らし、被告ら主張事実を認めることは困難であり、これをもつて、原告の損害賠償請求を否定することはできないものといわなければならない。

ところで、被告らは、被告一男と原告の内縁関係は、昭和五六年一〇月七日、原告が都営住宅に転居したことをもつて、原告が一方的に内縁を解消したものである旨主張するが、前記認定事実のとおり、被告一男も原告が都営住宅に転居することを了解しており、また、転居後も被告一男と原告は都営住宅と船橋の家で行つたり来たりして従前の関係を継続していたものであるから、被告らの右主張は採用することができない。

以上の如くであるから、被告一男は、前記のとおり被告月代と情交関係を持ち、原告との間の内縁を不当に解消したものであり、これによつて原告の受けた精神的苦痛を慰藉すべき義務があるというべく、被告月代は、被告一男に内縁の原告があることを知りながら被告一男と情交関係を継続したものであるから、被告一男とともに原告に対して共同不法行為を構成し、原告の右苦痛を慰藉すべき義務がある。しかして、原告が被告らの右行為によつて苦痛を受けたことは容易に推認でき、原告と被告一男の内縁関係の期間、原告には被告一男との間に三人の子までもうけたこと、原告も被告一男の言を信じたところがあるとはいえ、同人には妻があることを知つていて、自分の置かれた地位がそれほど安定したものとはいえないことは容易に覚悟できたと思われること、原告にも被告らに対する行き過ぎの行為があつたこと等本件にあらわれた諸般の事情に照らすと、原告の右苦痛は金二〇〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

なお、被告一男の相殺の主張は、不法行為債権を受動債権とするものであつて主張自体失当である。また、被告一男は、船橋の不動産の共有持分二分の一を贈与したことにより、慰藉料支払義務を免れると主張するが、右贈与が直ちに財産分与の性格を持つものとは断定できず、仮に財産分与の性格を持つものとしても、全認定のとおり、右不動産は早晩競売に付されることが予想され、その場合は原告のもとには全く取り分が残らないものと思料され、それのみでは足りないものというべきであるから、被告一男の右主張も採用できない。

三以上のとおり、原告の本訴請求は、被告らに対して各自金二〇〇万円とこれに対する不法行為である昭和五九年七月一四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官高野芳久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例